この前、授業が早めに終わって外に出たらどこかへ行きたくなるようなとてもいい天気だったので、出かけに行こうと思い立ちました。
そこで、最近美術館に行ってなかったことを思い出して、現代美術館へ行くことにしました。
今、現代美術館では「屋上庭園」という展覧会をやっています。
最近、緑化に少し興味があったので、観にいくことにしました。
昼間の人の少ない電車に乗って美術館へ向かうと、平日だからか館内は人がまばらで、落ち着いて鑑賞することができました。
ここからはいつもの展覧会感想になります。
長くなるので、興味のある方だけ、続きからご覧ください。
私はてっきり屋上緑化についての展覧会だと思って、特に下調べもせず行ったのですが、「屋上庭園」というのは現代美術の作品を見せるテーマの言葉でした。
つまり実際に屋上緑化についての作品を見せるわけではなく、「屋上緑化」を「大地から切り離した自然」と捉えて、その切り口から美術館の収蔵作品を見せるという形でした。
例えば抽象画を、「天井光によって変化していく作品の表面の色彩の微妙な変化は、まるで庭を歩くような感覚を持つだろう」…のように表現したりだとか。
私が観に行こうと思う美術展は、知っている作家の展覧会だったり、あるテーマに沿って芸術家が作品を作ったという展覧会であることが多いので、こういう抽象的なテーマで作品を集めた展覧会はたぶん初めてでした。
パンフレットには「美術館ならではの庭を散策することになるでしょう」と書かれていて、今さらながらこういう見せ方をする美術展もあるんだなあと思いました。
美術館ならではの庭…
この言葉にはちょっと惹かれました。
実際に目に見える庭ではなく、庭を散策しているときの記憶や思いを抽象的に切り取って、美術館の中で再現するってことなのかな?
なんだか脳を使った高度な鑑賞法のような気がしました。
実際展示されていた作品は、版画だったり抽象画や静物画の油絵だったり、一見すると何も共通点がないようにも思えますが、それが「屋上庭園」というキュレーターの考えた切り口でひとつに結ばれていて、どちらかというと私にはその見せ方を楽しむ展覧会のような印象を受けました。
ただ見方が提示されていて、それに合わせて作品を見ようとしていたので、純粋に作品を見て感じることがその場であまりできなかったのが残念でした。
私がこういう見せ方の展覧会に慣れてなかったのが原因だと思います。
とりあえずキュレーターの考えたことを理解しようとしてしまって、肝心の自分の見たときの気持ちをあまり考えずに終わってしまいました。
今度は、見せ方を理解した上で、自分はどう思うかなあとか、純粋に作品を見てこう感じるなあとか、受身だけじゃない鑑賞もしてみたいです。
なんて幼稚な感想だろう…
今考えるといろいろこうすればよかったとか出てくるけれど、実際鑑賞しているときはたくさん難しい文章を読んでそれを理解するのにも時間がかかってしまい、なんだかいっぱいいっぱいでした。
もっと情報処理能力の高い脳がほしいです(切実)
というわけで、今思うと行ってよかったと思える展覧会でしたが、そのときは情報処理しきれていない状況で「なんだかよくわからない」というのが正直な感想で、このまま帰るのはもったいないなと感じてました。
そこで、同時にやっているとも知らなかった『大岩オスカール 「夢みる世界」展』を急遽のぞいていくことにしました。
こちらは芸術家の展覧会なのでテーマとしてもわかりやすく、楽しく鑑賞できました。
さらに長くなるので、大岩オスカール展は次の記事で。